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「ヤクルト」の容器の秘密とその歴史

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「ヤクルト」の小さなプラスチック容器。いつも何気なく目にするこの容器は、形を変えながら進化してきました。

現在の形に至るまでには、数多くの試行錯誤と改良の積み重ねがありました。その一つひとつには、ご愛飲いただく方の健康を願う想いと長い年月にわたる歴史が詰まっています。

この記事では、「ヤクルト」の容器の形と大きさに秘められた意味とその歴史をご紹介します。

「ヤクルト」の容器の形と大きさに秘められた意味

「ヤクルト」の容器の形と大きさに秘められた意味
「ヤクルト」には生きた乳酸菌 シロタ株が含まれており、毎日飲み続けることが大切です。その実現への思いが、容器の形と大きさに反映されています。
「ヤクルト」の容器の大きさには明確な理由があります。

「ヤクルト」には生きた乳酸菌 シロタ株が含まれており、毎日「ヤクルト」を飲むことが大切です。そのため、飽きずに毎日飲み続けやすいサイズにしています。

飲み切れるサイズにすることで、品質を衛生的に保つことにもつながります。
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「ヤクルト」の容器の歴史

創業期から1968年に現在の容器に統一されるまで、「ヤクルト」には形状や容量の異なるさまざまなガラスびんが用いられていました。

創始者の代田 稔の「世界の人々の健康を守りたい」という健康に対する情熱に突き動かされ、誰もが手軽に毎日乳酸菌を摂取できるよう、「ヤクルト」は小分けタイプが検討されました。小型容器に定まるまでは、試行錯誤の連続でした。

ここでは、「ヤクルト」の容器の歴史についてご紹介します。

ガラスびんから始まった「ヤクルト」

1935年の創業当初、「ヤクルト」は720mlの希釈用ガラス瓶(濃厚原液タイプ:7倍に希釈して飲むタイプ)で販売されていました。

毎日お届けの普及とともに180mlの容器が主流になりましたが、当時は容器が統一されておらず、ビールびんや牛乳びん、サイダーびんなどが代替容器として使われていました。
ガラスびんから始まった「ヤクルト」
※創業時の720mlびん(希釈タイプ)
ガラスびんから始まった「ヤクルト」 ※1939年から1954年頃に使用されたびんの一部
誰もが手軽に毎日乳酸菌を摂取できるよう、飲み切りやすいサイズを目指して、容器は少しずつ小型化。しかし、25mlや30ml程度の飲料用容器が入手困難だったため、目薬や注射用のびんを使用していたこともありました。

容器統一と改良の歩み

容器統一と改良の歩み ※1955年の大びん(左)、小びん(右)、1960年の中びん(中)
1955年、本社設立に伴い30mlの小びんと65mlの大びんの2種類に統一することになりました。

しかし、この方針はすぐには全国に浸透せず、一部地域では、中びん(45ml)や東京びん(50ml)という容器も一時的に存在していました。

また、1960年には乳酸菌 シロタ株の増殖促進効果を持つクロレラを添加した「クロレラヤクルト」として販売。クロレラは培養時の乳酸菌の増殖を促す目的で、一時期使用していましたが、培養技術が向上したために使用しなくなりました。

プラスチック新容器の誕生と立体商標への登録

プラスチック新容器の誕生

【プラスチック新容器の誕生】

1968年、「ヤクルト」はガラスびんから現在のプラスチック容器へ完全移行します。

この新しいプラスチック容器は、ヤクルトレディの負担を大きく軽減するとともに、衛生管理の徹底や生産能力の向上にもつながり、まさに一大革命でした。

完成までには約5年を要し、原料樹脂、金型、成形機、キャップや充填機に至るまでを協力メーカーとともに独自開発。多くの技術的課題を一つひとつ解決し、「ヤクルトグレード」といわれるまったく新しい容器が誕生しました。

【立体商標への登録】

2011年1月、「ヤクルト」の容器は立体商標として登録されました。

ロゴがなくても形状だけで「ヤクルト」の容器と認識できる高い認知度とブランド力が評価された結果です。プラスチック容器の誕生から40年以上、時代の流れに左右されず進化を続けてきた証といえます。
立体商標への登録

「ヤクルト」の容器は歴史そのもの

「ヤクルト」の容器の形や大きさには、「毎日無理なく飲み続けられるように」という健康習慣への願いと、衛生面へのこだわりがこめられています。

多くの試行錯誤と改良の積み重ねが詰まった現在の形は、単なる飲料の容器ではなく、創始者の理念や時代ごとの挑戦が形となった“歴史そのもの”です。

ヤクルトは、これからも変わらぬ思いとともに、世代を越えて多くの人々の暮らしに寄り添い続けます。